はじめに
30年くらい前、学校の授業で先生が「将来、専業主婦になりたい人」とみんなに問うた時、唯一手を挙げていたのは私くらいだったのではないでしょうか。
男女雇用機会均等法が施行されて10年、働くママがまだ「キャリアウーマン」ともてはやされていたご時世の、しかも多感な思春期ですよ。そりゃそーなるよね、専業主婦は志願しにくい雰囲気でしたから。
悪目立ちした私に「なんで?」と先生がわざわざ意地悪な質問をなげかけるも、
「え?だって…子育てしながら働きたくないじゃんね?」
とカスな回答しかできなかった私がその10年後に都内通勤ワーママOLになっているなんていったい誰が想像できたでしょうか?

価値観なんて、時代と状況でいくらでも変わるもんですよね。それが人間ってもんですから(人間だものof相田みつを)
実際、その時の同級生の多くは結婚後に仕事を一旦辞めていたし、育休とって共働きなんてしてるのは私ぐらいだったのです。とにかく理想と現実が乖離している、そういう時代を経て、私はワーママ(ワーキングママの略です)になったのでした。
御託はさておき令和、都内通勤ワーママOLだった平成の私が熱望していた「家で働く」という特権を、苦節10年で手に入れた私は、その10年後にあっさりそれを捨ててしまいましたとさ。(平成って30年もあるんですね)

フルタイム共働きでジジババサポートなし&夫の協力なしのワンオペ状態に疲弊していた20年前の私は、在宅勤務を熱望していました。
なのにごめんよ、あの頃の自分!
本日はその振り返りと現状報告を、10年前の自分への弁明も兼ねて、10年後の自分に向けて綴りたいと思います。
これまでの振り返り
今では共通認識のようになってるけど、通勤会社員で共働きしながら乳幼児を育てるのはめっちゃくちゃ大変です。
保育園からの呼び出しに怯えながら仕事に追われ、家ではサビ残持ち帰り、土日に貯まった家事を片付け、盆と正月は各田舎に帰省、休む暇なんてありゃしねー。
しかも20年前なんて先頭走ってるワーママモデルが勝間和代みたいな規定外バリキャリしかいない、“フツウのロールモデル”がホントになかった時代。共感してくれる人を探すのも一苦労でした。保育園内にも同類はいないしジジババサポートか自営業特権のある人ばっかり!
疲弊しきった私は2人目の育休時に固く決意したのです…「家で働けるようになってやる」と!
そのために、MacとAdobeを買ってデザインソフト操作をマスターして仕事をもらい、ブログ運営でweb周りのスキルを身につけながら業務委託の仕事を請け負い続けて、ようやく、業務提携先の会社から正社員職を得るまでにこぎつけました。(情報量!)
しかも在宅勤務ありの好条件のままでの正規雇用です。
当時はそれを、本当に誇りに思っていましたし、子育てをしながら働ける環境がとてもありがたく、身の丈にもあっていたと思います。
殊更に、6年前のコロナ禍の際、この特権にはとても助けられました。子ら全員休校になるし、学童は満杯で通えなくなるし、(代わりに家が学童化してまったく仕事にならんかったけど)まあ助かったのよ。
雇ってくれた会社には今でもとても感謝しています。

10年前の自分への弁明
なのになぜそのありがたい特権を突如捨ててしまったのか?
わかりませんよね。すまんな自分
端的に言えば、「都合のいい便利屋」で居続けることに、私の心が耐えられなくなったのです。
在宅勤務という権利と引き換えに与えられたのは、いつまでも「誰かのサポート役」というポジションと、それ相応の低い報酬でした。
働き出した当初言われたんですよ
「貴女みたいに在宅勤務のママさんにもっと活躍してもらいたいね。うちは安く優秀な人材を雇えるし、ママさんも在宅で働けてウィンウィンだよね」って。どうやら先方は「誉め言葉」のつもりで仰ったようでしたが、私はずっと心に引っかかっていたのです。
当初はそれでも、「ママさん」って気を遣われながらその対価としてこちらも精一杯働くのがいいんだと、自分なりに思いこんで働いていました。
そうして気がついたらいつの間にか「社内のお母さん」的な特別扱いを隠れ蓑に、情や責任感につけ込まれ、調整役や尻拭いや「名もなき仕事」ばかりを引き受けていました。
コロナ禍が過ぎ去り、子どもも大きくなって手が離れ始めたら急に、「あれ?私ってもう在宅勤務じゃなくてもいいのに、コレって本当にウィンウィンなのかな?」と疑問がたちのぼってきたのです。
子どもは成長して、私から手が離れていくのに、この会社はいつまで私が面倒みないといけないんだろう?あと10年?20年?
歳を重ねるにつれ、自分の心に刺さった「安く雇える優秀なママさん人材」というトゲの痛みに耐えられなくなってきてしまいました。
気がつけば45歳を超えており、急速に身体の無理は効かなくなり、労働市場からの見られ方も厳しくなりました。今動かなければ、二度とこの場所から抜け出せなくなるという危機感が、私の背中を強く押しました。 いつか辞めたいと思っているのなら、じゃあいつ辞めるの?
「今でしょ!?」
気がついたら自分の中の林修がもう転職サイトに登録してカジュアル面談の予約入れてたんですよね。

10年後の自分へ〜現在地のご報告
10年後の自分から見たら、もしかしたら「そんなことないよ〜全然50代の転職もアリだよ〜」と笑い飛ばされるかもしれませんね。でも、45歳の当時の私にとってはその時がまさに最適なタイミングで、しかもたまたまいい転職先が見つかって…
ちょうど1年前にフルタイム通勤の職場に転職を決めて、働いてからは半年以上になるけどそれなりに楽しくやっています。
あれだけ嫌だった満員電車に毎日揺られての週5通勤、不思議と嫌じゃない、それどころか、なぜか今の方が圧倒的に開放的な気分です。
実際に週5日の通勤に戻してみて気づいたのは、私にとって在宅勤務は「自由」ではなく「家に仕事が侵食してくる不自由」だったということ。 かつては24時間どこにいても仕事の連絡がつきまとい、休んでいても脳の片隅が会社に奪われていました。 今は、家を出たら母親の自分は100%忘れて「私」の時間に、会社に着いたら100%仕事に向き合って「公」の自分として過ごし、帰って玄関のドアを閉めたら100%「母」の自分に戻ることができる。皮肉なことに、在宅を辞めたことで「私」「公」「母」としての時間を全部取り戻せたのです。見方を変えれば、家にいるのが好きだからこそ通勤に切り替えて仕事を全部家から追いやってみたのだとすら言えましょう。
ああ1年前の私様、転職活動をがんばってくれて誠にありがとうございました。
今の働き方はすごく精神も安定していて、仕事内容も職場も自分にあっていると感じています。が、10年後にはどうなっているかわからないですよね。
全然違う境遇で180°違う価値観のなか仕事をしているかもしれないし、むしろそうであってほしいという気持ちも少しあります。過去10年ごとに振り返ってみても同じ状況、価値観だった時が一度もないからね!
年齢や環境、時代背景や世界情勢、興味関心や世情やその時の気分諸々によって、柔軟に自分の理想の働き方を適応させていく、それが私らしさなんだと思います。
齢46歳でようやく自分の操縦方法がわかってきたところだけど、56歳の自分から見たら「いや、まだまだ全然わかってないね!」とか言われそうなのでこの辺で…
おわります!
