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ママゼロできるかな

ママ友との馴れ合い活動に疲れた時に、全国で56人くらいの読者に向けて書いています。「ママ」で括られたもろもろ(ママ友とかママブログとかママ会とか)をゼロに帰するための悪あがきブログ。

「ママ友」を過去のスクールカーストで例えると誰?って話

ところで、女として生きとし生けるもの、いまさら「ママ友が」とか「ボスママが」とか女社会の難儀さを憂い始めている不自然さに私はいらだちと違和感をおぼえずにはおられません。

 

 

小学校とか、中学とか、高校とか、塾とか習い事とか、自分の意思に拘らず「スキじゃない人ともうまくやらないとヤバイ」女社会はすでにもう何度も経験してきているハズですよね?

 

私の記憶の中でも一番ドロドロしていたのは、全員にスキルも経験値もない小学生の頃か、女の残酷性が最もシビアに出る中学生の頃です。今よりずっと弱肉強食のスクールカーストを渡り歩いていた自負があります。

ママ友派閥争いは小学生レベル

 

そこで、「ママ友」このよそよそしさ溢れる呼称を、これまでのスクールカースト経験からどのポジションの知人にあたるのか例えてみたらもっとわかりやすくなるのではあるまいか?と考え例えてみました。

 

例えその1お母さん同志が仲いいけど私たちはどうなの?って友だち

 

親同士がいわゆる「ママ友」なんだけどこども同士は「ちょっとコイツとそり合わねーな?」というトモダチいませんでしたか?呼称では「ちーちゃん」など幼少期のあだ名をそのまま薄っぺらい親しみを混めて呼んでいます。あの「自分以外のつながり」で仲良くしてる感じが「ママ友」となんか似ていると思う。

 

例えその2保育園とか幼稚園で一緒だった子 

幼児のコミュニケーション能力は大海原のような受容性に溢れており、物心ついてから考え直すと「アイツ絶対に気が合わない波長の人じゃね?」という同級生でも、当時は仲良く遊んでいたりしませんか。そういう方と中学・高校でも同じクラスになったりすると、なぜだか、「実はあんま親しくないけど親しげに取り繕おうとする自分」に気がついたりします。あるいは、家が近所の幼なじみだけど交流が薄れた友だちなどとの「親近感とよそよそしさのあいだ(冷静と情熱のあいだ風に)」にある微妙な関係性。その感じが「ママ友」となんか似ていると思う。

 

例3同じグループにいるんだけど、2人で遊ぶのはちょっと。。。な子

 

実を言うと私は女の子グループに所属した経験そのものがあまりないのですが(!!!)、そういうグループに所属していると必ず、「あれ?この子と2人っきりになると、なんかギクシャクしてるかも!?」というメンバーが存在するのではないでしょうか?あくまでもこれも妄想ですが、その「ギクシャク」した気の使いっぷりと「他メンバーの手前仲良くやりすごしたい感」がなんか「ママ友」に似ている(にちがいない)!!

 

ママ友と話すの苦手

 

例4部活で一緒なんだけど、2人で帰るのはちょっと。。。な子

これまた実を言うと私は連帯感強そうな部活に所属した経験そのものがあまりないのですが(!!!)、そういう連帯感あふれる集団に所属していると必ず、「あれ?この子と2人っきりになると、なんかギクシャクしてるかも!?」というメンバーが存在するのではないでしょうか?あくまでこれもまた妄想ですが、その「ギクシャク」した気の使いっぷりと「毎日顔合わす手前仲良くやりすごしたい感」がなんか「ママ友」に似ている(にちがいない)!!

 

まとめと考察 

以上、かなり妄想だけで突っ走りましたが、自分の少ない経験からしても「ママ友」は別段異常な(ゆがんだ)人間関係の縮図なんかではなく、ごく自然発生的な社会的関わりのうちの一つであることがよくわかりますよね。

 

だからね、「ママ友」界がすえ恐ろしいとか言ってる方々に改めて申し上げたいのは「乙女か!?」「カマトトか!?」「何年女子やって生きてんだ!?不感症か!?」「ぶってんなよ!?」

ということです。今さら感が否めない「ママ友地獄」に悩んでる方がおられましたら、ぜひとも胸に手をあてて昔のご自身の勇姿を思い返していただきたく存じます。

 

こちらを参考に書きました

mama.bibeaute.com